第6章
 

 動的データ処理とリスト
 
 
 リストはデータの挿入や削除が比較的頻繁に起こる動的なデータ処理に適している。本章ではリストを用いて動的な処理を伴うエディタを実現する。
 

 6.1 テキストエディタ

 
○課題

テキストファイルの編集を行うテキストエディタを作成せよ。
 
○外部仕様
 行単位にテキストファイルを編集するラインエディタとする。テキストファイルをメモリ(エディタ構造体)に読み込み、行の表示・変更・挿入・削除等の行単位の編集コマンドによりテキストの内容を変更し、テキストファイルを更新する。編集コマンドはアルファベット一文字と引数(必要な場合のみ)を指定する。
      テキストファイル







 
   エディタ構造体





 
                  1行目  
     
            2行目  
 
 
       ....
 
 
            最終行  
   
 ただし、上図のエディタ構造体は線形リストにより実現した様子を示している。
○概要設計
 1.指定されたファイルをエディタ構造体に読み込む
 2.標準入力から編集コマンドを読みとる
 3.編集コマンドを実行する
    rファイル名   現在行の前にファイルからデータを読み込む(read)
    wファイル名   データをファイルに書き込む(write)
    p        前の行に戻る(previous line)
    n        次の行に進む(next line)
    d        現在行を削除する(delete line)
    i挿入データ   現在行の後ろにデータを挿入する(insert line)
    l        現在の行を表示する(list line)
    q        エディタを終了する(quit)
○詳細設計
 ●アクセス関数
 a.エディタ構造体の生成
  E=CREATE() :エディタ構造体を生成する
 b.行構造体の生成
  L=NewLine(l):内容を l とする新しい行 L を生成する
 c.ファイルの読み込み
 ReadFile(E, F):エディタ構造体 E にファイル F の内容を読み込む。既にエディタ構造体にデータが存在する場合は、現在行の後ろに読み込む
 d.ファイルへの書き込み
  WriteFile(E, F):エディタ構造体 E の内容をファイル F に書き込む
 e.次行へ移動
  NextLine(E):次行へ進む(次行を現在行とする)
 f.前行へ移動
  PrevLine(E):前行へ戻る(前行を現在行とする)
 g.行挿入
  InsertLine(E, L):現在行の後ろに新しい行 L を挿入する
 h.行削除
  DeleteLine(E):現在行を削除する
 i.行表示
  ListLine(E):現在行を標準出力へ出力する
 j.終了
  Quit(E):エディタを終了する
 ●データ構造
 行挿入が現在行の後ろに行を挿入するので、先頭行(1行目)の前に行を挿入できない。このため、仮想的に1行目の前の行(0行目)を準備する。top は0行目を指すフィールドであり、current は現在行を指すフィールドである。
 ただし、行の構造を表現する Line は後述する。
○コーディング
【CREATE操作】
 
問 6.1.1 計算機で利用されているラインエディタにはどのようなものがあるか。ラインエディタのコマンドについて調べて見よ。
問 6.1.2 問 6.1.1 で調べたコマンドについて、どのようなアクセス関数が必要であるか考えよ。
問 6.1.3 エディタ構造体をリストを用いて実現する方法以外に、どのようなデータ構造で実現することができるか。リストを用いる場合と比較してどのような得失があるかも考えよ。
 

 6.2 線形リストの実現

 
 線形リストとは、情報を保持するフィールドと次の情報の位置を示すフィールドから構成されるセルが下図のように一方向に接続されているものである。

    l
 

情報
 


 


 

情報
 


 


 

情報
 


 


 
 セルは、情報フィールド info と次のセルへのポインタフィールド next を持つ構造体として定義できる。
 (注)DATATYPE は情報フィールドの型であり、利用する問題によって変化する。
 線形リストに対する処理としては、挿入・削除・次のセルへの移動・前のセルへの移動がある。
・次のセルへの移動
  現在のセル     c
 

情報
 


 


 

情報
 


 


 

情報
 


 


 
 
             次のセル
    c=c->next;
・前のセルへの移動
 現在のセルだけでは前のセルの情報を得ることができないため、線形リストの先頭のセル top と現在のセル c から前のセルを求める。
  先頭のセル    top
 

情報
 


 
p

 

情報
 


 
c

 

情報
 


 


 
 
             前のセル   現在のセル
    for(p=top; p->next!=c; p=p->next);   /* p->next が c になるまで */
    c=p;
・セルの挿入
 セル c の後ろにセル c を挿入する。

    c
 

情報
 


 


 

情報
 


 


 

情報
 


 


 
          c

 

情報
 


 

挿入するセル
 
    c->next=c->next;
    c->next=c;
・セルの削除
 現在のセルを削除するには前のセルの情報を得る必要があるため、線形リストの先頭のセル top を利用して前のセルを求め、現在のセル c を削除する。
 
             prev      削除するセル

    top
 

情報
 


 


 

情報
 


 
c

 

情報
 


 


 

情報
 


 


 
 
    prev=前のセルへの移動(c の一つ前のセルを top を利用して求める);
    prev->next=c->next;
    c のセルを解放する
 ●アクセス関数
 a.セルの生成
  C=NEW(info):情報 info を保持する新しいセル C を生成する
 b.情報フィールド
  INFO(current):現在のセル current の情報フィールドを返す
 c.次のセルへの移動
  next=NEXT(current):現在のセル current の次のセル next を返す
 d.前のセルへの移動
 prev=PREV(top, current):先頭のセル top を起点にして、現在のセル current の前のセル prev を返す
 e.セルの挿入
 new=INSERT(new, current):現在のセル current の後ろにセル new を挿入し、セル new を返す
 f.セルの削除
 prev=DELETE(top, current):先頭のセル top につながる現在のセル current を削除し、現在のセルの前のセル prev を返す
 ●データ構造
 a.セル構造体
 b.情報部のデータ型
  情報部では、行の内容を表現するため、DATATYPE を文字列(char *)とする。
○コーディング
【NEW操作】
【INFO操作】
【NEXT操作】
【PREV操作】
【INSERT操作】
【DELETE操作】
○時間量
 セルのフィールドを参照・更新する回数により評価する。
・次のセルへの移動は、セルの next フィールドを1回参照する。
・前のセルへの移動は、先頭のセルから辿るので、先頭のセルから現在のセルの間に含まれるセルの数をnとすれば、2n回である。
・セルの挿入は、next フィールドを1回参照、2回更新する。合計3回である。
・セルの削除は、PREV 操作により2n回参照し、その他に next フィールドを1回参照、1回更新する。合計2n+2回である
 
問 6.2.1 NEXT操作をマクロで定義し、next フィールドを参照する時は必ず NEXT操作を利用するように他の操作を変更せよ。
問 6.2.2 INFO操作をマクロで定義し、info フィールドを参照する時は必ず INFO操作を利用するように他の操作を変更せよ。
問 6.2.3 リストの最後のセルを返すアクセス関数 LAST を定義せよ。
    last=LAST(current):現在のセル current につながる最後のセル last を返す
問 6.2.4 リストの先頭からn番目のセルを返すアクセス関数 NTH を定義せよ。
    nth=NTH(current, n):現在のセル current から n 個後ろのセル nth を返す
問 6.2.5 リストに含まれるセルの数を返すアクセス関数 LENGTH を定義せよ。
    len=LENGTH(current):現在のセル current につながるセルの数 len を返す
 

 6.3 線形リストによるテキストエディタ

 
 テキストエディタのためのアクセス関数および行構造体を定義する。
 ●データ構造
 行データの構造体 Line は線形リストのセル構造体 Cell を使用する。
○コーディング
【NewLine操作】
 文字列 info の複製を strdup を用いて生成し、その複製を情報フィールドとして持つ新しいセルを生成する。
【ReadFile操作】
 linebuf に読み込んだ各行に対して行構造体 new を生成し、現在行 E->current の後ろに挿入して行く。ファイルが空でなければ、読み込んだ先頭行を現在行にする。
【WriteFile操作】
 1行目からセルを辿りながら、最終行までの各セルの内容をファイルに書き込む。
【NextLine操作】
 NEXT操作で次のセルへ移動する。次のセルがない場合(NULLの場合)には、最終行であることを表示し、セルの移動を行わない。
【PrevLine操作】
 現在の行が0行目でなければ、PREV操作で前のセルへ移動する。現在行が1行目ならば、0行目(<<<<< 先頭行 >>>>> の表示)に移動し、1行目の前への行挿入を可能にする。
【InsertLine操作】
 標準入力から読み込んだ新しい行のデータには改行コードがないため、改行コードを追加する。 NewLine操作により、このデータを持つ新しいセルを生成し、INSERT操作で現在行の後ろに挿入する。挿入した行を現在行とする。
【DeleteLine操作】
 0行目の削除についてはエラーメッセージを出力する。strdup で割り当てた行データを解放し、DELETE操作により現在行を削除するために、PREV操作で前の行に戻る。削除後は、削除された行の次の行を現在行にする。
【ListLine操作】
 現在行の内容を標準出力に出力する。
【Quit操作】
 終了する。本来ならば、データに変更がある場合はユーザに確認する処理が必要である。
【Error関数】
 未定義のコマンドが指定された場合に、エラーメッセージを出力する。
【main関数】
 CREATE操作でエディタ構造体を生成し、ファイル名が指定されていればその内容を読み込む。標準入力から読み込んだユーザのコマンドの種類に応じてテキストエディタのためのアクセス関数を呼び出す。
○時間量
 n行のデータを処理している場合に、次行への移動、前行への移動、行挿入、行削除に関して、セルを辿る回数とセルへの代入操作の回数の和を時間量として評価する。
 次行への移動は、セルの next フィールドを1回辿るだけである。
    next(n)=1=O(1)
 前行への移動は、最悪の場合、先頭行から最終行まで辿ることになる。
    prev(n)=n=O(n)
 行挿入は、現在行の後ろに挿入するので、セルを辿る必要はないが、next フィールドを2つ更新する必要がある。
    insert(n)=2=O(1)
 行削除は、一つ前のセルに移動した後、next フィールドを更新する。
    delete(n)=n+1=O(n)
 
問 6.3.1 現在行の内容を変更するコマンドを実現せよ。
問 6.3.2 データが更新されたかどうかを判定するフラグを追加し、エディタ終了時にデータが更新されていれば、その旨をユーザに確認する処理を実現せよ。
問 6.3.3 先頭行へ移動するコマンドと最終行へ移動するコマンドを実現せよ。
問 6.3.4 行の内容を表示する際に行番号も表示するようにせよ。
問 6.3.5 行番号を指定した移動コマンドを実現せよ。
問 6.3.6 行番号を指定した削除・挿入コマンドを実現せよ。
 

 6.4 双方向リストの実現

 
 双方向リストとは、情報を保持するフィールドと前の情報・次の情報の位置を示すフィールドから構成されるセルが下図のように双方向に接続されているものである。

    l
 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 

  l
 
 セルは、情報フィールド info と前のセルへのポインタフィールド prev、次のセルへのポインタフィールド next を持つ構造体として定義できる。
 (注)DATATYPE は情報フィールドの型であり、利用する問題によって変化する。
 双方向リストに対して、挿入・削除・次のセルへの移動・前のセルへの移動を考える。
・次のセルへの移動
  現在のセル     c
 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 


 
 
               次のセル
    c=c->next;
・前のセルへの移動


 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 
c

 


 

情報
 


 


 
 
               前のセル     現在のセル
    c=c->prev;
・セルの挿入
 セル c の後ろにセル c を挿入する。

     c
 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 


 

           c
 


 

情報
 


 

挿入するセル
 
    c->next=c->next;
    c->prev=c;
    c->next->prev=c;
    c->next=c;
・セルの削除
 セル c を削除する。
                 削除するセル
     prev

 


 

情報
 


 
c

 


 

情報
 


 


 


 

情報
 


 


 
 
    prev=c->prev;
    prev->next=c->next;
    c->next->prev=prev;
    c のセルを解放する
 ●アクセス関数
 a.セルの生成
  C=NEW(info):情報 info を保持する新しいセル C を生成する
 b.情報フィールド
  INFO(current):現在のセル current の情報フィールドを返す
 c.次のセルへの移動
  next=NEXT(current):現在のセル current の次のセル next を返す
 d.前のセルへの移動
 prev=PREV(current):現在のセル current の前のセル prev を返す
 e.セルの挿入
 new=INSERT(new, current):現在のセル current の後ろにセル new を挿入し、セル new を返す
 f.セルの削除
  prev=DELETE(current):現在のセル current を削除し、前のセル prev を返す
 ●データ構造
 a.セル構造体
 b.情報部のデータ型
  情報部では、行の内容を表現するため、DATATYPE を文字列(char *)とする。
○コーディング
【NEW操作】
【INFO操作】
【NEXT操作】
【PREV操作】
【INSERT操作】
【DELETE操作】
○時間量
 セルのフィールドを参照・更新する回数により評価する。
・次のセルへの移動は、セルの next フィールドを1回参照する。
・前のセルへの移動は、セルの prev フィールドを1回参照する。
・セルの挿入は、next フィールドを2回参照、2回更新し、prev フィールドを2回更新する。合計6回である。
・セルの削除は、next フィールドを2回参照、1回更新し、prev フィールドを1回参照、1回更新する。合計5回である。
 線形リストと比較すれば、前のセルへの移動はセルの個数によらず1になり、非常に高速であるが、セルの挿入と削除は prev フィールドの処理のため遅くなる。
○領域量
 線形リストと双方向リストでは、セルの数は同じとなる。1つのセルの占める領域は、全てのフィールドが同じ大きさならば、双方向リストは線形リストの1.5倍の領域を必要とする。
 
問 6.4.1 問 6.2.1問 6.2.2 を双方向リストで実現せよ。
問 6.4.2 問 6.2.3問 6.2.4問 6.2.5 を双方向リストで定義せよ。
 
 

 6.5 双方向リストによるテキストエディタ

 
 テキストエディタのためのアクセス関数を定義する。行構造体は線形リストと同様である。アクセス関数についても線形リストと異なる部分のみを記述する。
 線形リストと双方向リストのアクセス関数では、PREV と DELETE の2つの操作の引数が異なるだけで、その他の操作に違いはない。したがって、エディタ用アクセス関数の違いは、PREV あるいは DELETE を呼び出している PrevLine および DeleteLine のみである。
○コーディング
【NewLine操作】
 文字列 info の複製を strdup を用いて生成し、その複製を情報フィールドとして持つ新しいセルを生成する。
【ReadFile操作】
 linebuf に読み込んだ各行の行構造体 L を生成し、現在行 E->current の後ろに挿入して行く。ファイルが空でなければ、読み込んだ先頭行を現在行にする。
【WriteFile操作】
 1行目から最終行のセルを辿りながら、各セルの内容をファイルに書き込む。
【NextLine操作】
 NEXT操作で次のセルへ移動する。次のセルがない場合(NULLの場合)には、最終行であることを表示し、セルの移動を行わない。
【PrevLine操作】
 現在の行が0行目でなければ、PREV操作で前のセルへ移動する。現在行が1行目ならば、0行目(<<<<< 先頭行 >>>>> の表示)に移動し、1行目の前への行挿入を可能にする。
【InsertLine操作】
 標準入力から読み込んだ新しい行のデータには改行コードがないため、改行コードを追加する。 NewLine操作により、このデータを持つ新しいセルを生成し、INSERT操作で現在行の後ろに挿入する。挿入した行を現在行とする。
【DeleteLine操作】
 0行目の削除についてはエラーメッセージを出力する。strdup で割り当てた行データを解放し、DELETE操作により現在行を削除するために、PREV操作で前の行に戻る。削除後は、削除された行の次の行を現在行にする。
【ListLine操作】
 現在行の内容を標準出力に出力する。
【Quit操作】
 終了する。本来ならば、データに変更がある場合はユーザに確認する処理が必要である。
【Error関数】
 未定義のコマンドが指定された場合に、エラーメッセージを出力する。
【main関数】
 CREATE操作でエディタ構造体を生成し、ファイル名が指定されていればその内容を読み込む。標準入力から読み込んだユーザのコマンドの種類に応じてテキストエディタのためのアクセス関数を呼び出す。
○時間量
 n行のデータを処理している場合に、次行への移動、前行への移動、行挿入、行削除に関して、セルを辿る回数とセルへの代入操作の回数の和を時間量として評価する。
 次行への移動は、セルの next フィールドを1回辿るだけである。
    next(n)=1=O(1)
 前行への移動は、セルの prev フィールドを1回辿るだけである。
    prev(n)=1=O(1)
 行挿入は、現在行の後ろに挿入するので、セルを辿る必要はないが、next/prev フィールドを2つずつ更新する必要がある。
    insert(n)=4=O(2)
 行削除は、next/prev フィールドを1つずつ更新する。
    delete(n)=2=O(1)
 
問 6.5.1 問 6.3.1問 6.3.6 の問題を双方向リストについて解け。