第4章
 

 グラフ表現とマトリックス
 
 
 グラフを表現する方法とグラフを構成する要素を辿る方法について説明する。
 

 4.1 グラフ表現

 
 グラフは木構造を利用して定義することもできるが、ここではマトリックスを利用してグラフを表現する。
○グラフ
 グラフは、頂点(vertex)(あるいは節点(node))と辺(edge)(あるいは枝(branch))の集合として定義される。
    G=(V,E)
ただし、V={v}:頂点の集合、E={(v,v)| v,v∈V}:辺の集合である。
・グラフには、無向グラフと有向グラフがある
  無向グラフ:辺に方向がなく、どちら向きにでも辿れるグラフ
  有向グラフ:辺に方向があり、一方向にのみ辿れるグラフ
        この場合には、辺をアーク(arc)とも呼ぶ
        v   v             v   v
        ○   ○             ○   ○
             e=(v,v)             e=(v,v)
               v, v は            アーク e
        ○   ○   辺 e の端点     ○   ○
     v  v   v          v  v   v
     ○                 ○
○路(path)、道
 頂点を辿る順を表現する路は、頂点の順列として定義される。
    P=vv・・・v
 ただし、(v,vi+1)∈E, i=1,2,...,k-1 である。
        v   v
        ○   ○
               vvvv5 は路である
 
        ○   ○
     v  v   v
     ○
○グラフの表現
 グラフをマトリックスで表現する場合には、辺に着目する表現と頂点に着目する表現という2つの表現方法がある。
・接続行列(incidence matrix)
 行を頂点、列を辺として、頂点と辺の関係を記述する
         1   頂点 i から辺 j が出る
    (i, j)= 0   頂点 i から辺 j が出ない
         -1   頂点 i へ辺 j が入る(有向グラフの場合)
        v e v      e e e e e e
        ○   ○    v 1 1 1 0 0 0
       e  e  e   v 1 0 0 1 0 0
                 v 0 1 0 1 1 0 (無向グラフ)
      e ○   ○    v 0 0 1 0 1 1
     v  v e v    v 0 0 0 0 0 1
     ○
 各辺は2つの端点を持つため、各列には2つの 1 が存在する。
        v e v      e e e e e e
        ○   ○    v 1 -1 1 0 0 0
       e  e  e   v -1 0 0 1 0 0
                 v 0 1 0 -1 -1 0 (有向グラフ)
      e ○   ○    v 0 0 -1 0 1 1
     v  v e v    v 0 0 0 0 0 -1
     ○
 各辺は始点と終点を持つため、各列には 1 と -1 が1つずつ存在する。
・隣接行列(adjacency matrix)
 行も列も頂点として、頂点間に辺が存在するかどうかを記述する
         1   辺 (i, j) が存在する
    (i, j)=
         0   辺 (i, j) が存在しない
        v   v      v v v v v
        ○   ○    v 0 1 1 1 0
                 v 1 0 1 0 0
                 v 1 1 0 1 0  (無向グラフ)
        ○   ○    v 1 0 1 0 1
     v  v   v    v 0 0 0 1 0
     ○
 辺はすべて双方向のため、対称行列となる。
        v   v      v v v v v
        ○   ○    v 0 1 0 1 0
                 v 0 0 1 0 0
                 v 1 0 0 0 0  (有向グラフ)
        ○   ○    v 0 0 1 0 1
     v  v   v    v 0 0 0 0 0
     ○
 各辺に対して始点のみ記述するので、辺の数だけ 1 が存在する。
○記憶量
・頂点の数n、辺の数mの場合
    接続行列:O(nm)、隣接行列:O(n)
・グラフが疎なときには無駄が多い→リストを用いる
 隣接リスト
  頂点     隣接頂点のリスト        インデックス 隣接頂点の配列

  v

  v

  v

  v

  v
 

 
 
1
   1



   5


   8


 
 v v v
 
  v     v     v     v

 
 
5
  v     v          v

 
 
8
 v v
 
  v     v     v     v

 
 
12
  v     v     v     v  v v v
 


 
 
16
 
  v               v
 
                                12 隣接リストは、左上図のように配列とリストで表現するが、右図のように2つの配列で表現することも可能である。この場合には、1番目の配列に2番目の配列のインデックスを記述し、2番目の配列に隣接する頂点を記述する。             16 隣接リストでは、隣接頂点の総数は辺の総数と同じであるの  v v v
 
 v
 
で、記憶量が O(n+m) となる。
 
問 4.1.1 隣接行列と隣接リストについて、時間量の評価を行え。
 

 4.2 最短経路問題(shortest path problem)

 
○課題

地図が与えられたとき、指定された2都市間の最短経路を求めよ。
 
○外部仕様
 以下のような都市ファイルを読み込み、標準入力から入力された2都市に対する最短経路を標準出力へ出力する。都市ファイルでは、2都市間に経路が存在するときに、始点都市番号、終点都市番号、都市間距離でその経路を表現する。
       都 市 フ ァ イ ル









 

開始都市番号

終点都市番号

都市間距離

   1   1   1   2   3   4
 

   2   3   4   3   4   5
 

   2   4   8   3   3   4
 


      @ 2  A

      8  4  3

      C 3  B    4   D
 
○概要設計
 1.都市間距離データを距離マトリックスに読み込む
 2.標準入力から入力された都市番号間の最短経路を求める
 3.最短経路を標準出力に出力する
 距離マトリックスは、隣接行列と同様に行・列ともに頂点を指定するが、(i, j) 要素の値は 1/0 ではなく、都市 i, j 間の距離とする。
      距 離 マ ト リ ッ ク ス
     1  2  3  4  5

  1  2  3  4  5
 

0  2  4  8  ∞ 2  0  3  ∞  ∞ 4  3  0  3  ∞ 8  ∞  3  0  4 ∞  ∞  ∞  4  0
 

   距離マトリックスは、隣接行列と同様に  行・列ともに頂点を指定するが、(i, j)  要素の値は 1/0 ではなく都市 i, j 間の  距離である

 
○詳細設計
 ●アクセス関数
 a.距離マトリックスの生成
 G=CREATE(F):都市ファイル F から都市データを読み込み、距離マトリックス G を生成する。
 b.最短経路
 P=SHORTEST(G, from, to):距離マトリックス G において、都市 from から都市 to への最短経路 P を返す。
 ●データ構造
 a.グラフレコード
 b.経路レコード
 ●グラフ用アクセス関数
 グラフレコード用のアクセス関数を定義する。
 a.隣接都市の参照
  w=FIND(G, v):都市 v の隣接都市を返す
 b.都市間距離
  d=DISTANCE(G, v, w):都市 v と都市 w 間の直接距離 d を返す
 c.経路の出力
  PRINT(P):経路 P の内容を標準出力に出力する
○コーディング
【CREATE操作】
(注)距離マトリックスでは、FIND操作のために、同一都市間の距離を0ではなく無限にした。これにより同一都市間には辺がないと解釈される。
【FIND操作】
【DISTANCE操作】
【PRINT操作】
【main関数】
 City> のプロンプトの後に、最短距離を求めたい都市番号を2つ入力すると、最短経路を出力する。
問 4.2.1 都市間距離ではなく、都市の座標位置によって記述された都市ファイルを対象とする場合、どのようなデータ構造とアクセス関数を準備すればよいか考えよ。
問 4.2.2 都市番号ではなく、都市名によって記述された都市ファイルを対象とする場合、どのようなデータ構造とアクセス関数を準備すればよいか考えよ。
問 4.2.3 隣接行列の変形ではなく、隣接リストの変形として距離マトリックスを構成する場合のデータ構造を考えよ。
問 4.2.4 最短経路以外に最短距離も出力するためにはどのようなアクセス関数を準備すればよいか考えよ。
問 4.2.5 最短経路が複数存在する場合に対応するためには、どのようなアクセス関数を準備すればよいか考えよ。
 

 4.3 逐次反復法

 
《概要》辺を1つ辿る場合の最短距離、2つ辿る場合の最短距離というように、辺の数を増やしながら最短経路を求める。
○詳細
 頂点 s から頂点 t への最短経路を求めることを考える。頂点 s から頂点 v までの最短経路長を f(v) とすれば、
    f(s)=min{0, min{f(u)+d(u, s)|(u, s)∈E}
    f(v)=min{f(u)+d(u, v)|(u, v)∈E} (v≠s)
    ただし、d(u, v) は頂点 u と頂点 v 間の辺のコスト(負でもよい)である。
が成立する。         u
         s      ○     v
         ○  f(u)    d(u,v) ○
 したがって、頂点 s から頂点 v への辺数 k 以内の最短経路長を f(v) とおくと、
    f(s)=0
    f(v)=∞ (v≠s)
    f(v)=min{fk−1(v), min{fk−1(u)+d(u, v)|(u, v)∈E}} (k=1,2,...,|V|)
が成立する。(|V|は集合Vの要素数)
 
例題4.3.1 逐次反復法により、課題となっている距離マトリックスに基づき、都市1から都市5までの最短経路を求めよ。
   v 1    2    3    4    5   ←都市v
 k


 0


 1


 2


 3


 4


 5
 

[2,3,4]  [1,3]  [1,2,4]  [1,3,5]   [4]{2,4,8}  {2,3}  {4,3,3}  {8,3,4}   {4}  0    ∞    ∞    ∞    ∞

(∞,∞,∞)  (2,∞)  (4,∞,∞)  (8,∞,∞)   (∞)  0    2    4    8    ∞

(4,8,16)  (2,7)  (4,5,11) (8,7,∞)   (12)  0    2    4    7    12

(4,8,15)  (2,7)  (4,5,10) (8,7,16)  (11)  0    2    4    7    11

(4,8,15)  (2,7)  (4,5,10) (8,7,15)  (11)  0    2    4    7    11

(4,8,15)  (2,7)  (4,5,10) (8,7,15)  (11)  0    2    4    7    11
 

←vへの辺を持つ都市w←w−v間の距離 (辺のコスト)

←k 段階における 路「1,...,w,v」  の経路長











 
 ただし、表中の [ ] は各列に対応する都市vへの辺を持つ都市wのリスト、{ } は距離(辺のコスト)のリスト、( ) は k 時点における「都市1, ..., 都市w, 都市v」の経路長のリストである。
 最短経路は 1, 3, 4, 5、最短経路長は11である。
 
○コーディング
【SHORTEST操作】
(注)k は 0 から n まで変化するが、1つ前の k-1 の状態が分かれば、k の状態を計算できるので、fk−1(v) と f(v) のために、f[MAX_CITY][2] という2行の配列を用いている。使用する行を指定するために、(_k_1, _k) という変数を (0,1), (1,0) という組み合わせで変化させている。
【MAKEPATHサブ関数】
 最短経路を記憶するために、chain[i] に都市 i の一つ前の都市番号を記憶している。この配列 chain を利用して、@目的都市から出発都市まで逆方向に chain を辿り経由する都市の数を求め、A最短経路を返す路 P に逆方向から経路を設定している。
○時間量
 距離の計算(参照)回数を時間量とする。距離の計算は、kが1〜nまで変化する間に、n都市各々について行う。したがって、SHORTEST操作については道の総数をmとすれば、
    SHORTEST(n, m)=「kの変化」*「都市数」*「1都市当たりの平均の道数」
            =n*n*(2m/n)=2mn
 都市数がnの時、1都市当たりの最大道数は n-1 であることを考慮すると、
            ≦n(n−1)
 FIND操作について考えれば、全都市に対して道があるかどうかを判定するので、
    FIND(n)=「kの変化」*「都市数」*「都市数」
         =n
 ∴Tmax(n)=TSHORTEST(n, m)+TFIND(n)≦n(n−1)+n=2n−n
       =O(n)
 
問 4.3.1 逐次反復法において、距離の計算回数を出力する処理を追加せよ。
問 4.3.2 逐次反復法においては、ある段階 k において全ての f(v) の値が固定すれば、次段階の fk+1(v) を計算する必要がない。この性質を加味したコーディングを行え。
問 4.3.3 問 4.2.3 のように距離マトリックスを隣接リストで表現したコーディングを行え。
問 4.3.4 以下の都市に関するグラフを都市ファイルに記述し、都市 a と都市 k 間の最短経路を求めよ。距離の計算回数は何回か。
          b      e      h
              5      6
        4    5   3   3    2  4
      a       d   3  g  3 i 2   k
         5    3  3   3      3  2
              4       7
           c     f        j
問 4.3.5 距離マトリックスを隣接リストで表現した時の時間量を評価せよ。
 

 4.4 ダイクストラ法(Dijkstra)

 
《概要》辺のコスト(距離)が非負であることを前提条件とする
 1.始点からの最短経路が定まった都市集合Sに始点を入れる
 2.集合Sに属さず、始点に最も近い都市を集合Sに加える
 3.終点が集合Sに入るまで、2.を繰り返す
○詳細
 頂点 s から頂点 t への最短経路を求めることを考える。頂点 s から頂点 v までの最短経路長を f(v) とすれば、アルゴリズムは以下のようになる。
 (1) S=φ
 (2) f(s)=0、f(v)=∞ (v≠s)
 (3) fmin=0、vmin=s
 (4) vmin = t ならば、終了
 (5) S = 頂点集合Vならば、終了
 (6) S=S∪{vmin}
 (7) Sに属さない全ての v に対して、
    f(v)=min{fk−1(v),fmin+d(vmin,v)} (k=1,2,...,n) を求める
 (8) Sに属さない全ての v に対して、
    最小値 fmin=min{f(v)} (k=1,2,...,n) とその時の都市 vmin を求める
 (9) (4) へ
●解説
 集合Sに属さず、始点に最も近い都市を集合Sに加えることができる、すなわち、始点からその都市までの最短経路が定まることを示す。
 グラフに属する頂点の集合を以下のように分類する。
 @頂点 s からの最短経路が定まった頂点の集合S
 Aそれ以外の頂点の集合T
          S         T




 

       ws

 

vmin          t x
 
 上図のように、集合Tの中で都市 vmin が始点に最も近い都市であったとすれば、
    任意の都市 v ∈ Tに対して、s-w-vmin の経路長 ≦ s-v の経路長
となる。ここで、経路 s-w-vmin が 最短経路でないと仮定すると、集合Tに属する都市 x があり、都市 x から都市 vmin に進むという s-w-vmin より短い経路 Px が存在することになる。ところが、
    s-w-vmin の経路長 ≦ s-x の経路長
             ≦ s-x の経路長+x-vmin の経路長
                (∵ x-vmin の経路長≧0)
             = Px の経路長
となり、仮定と矛盾する。したがって、路 s-w-vmin は最短経路である。
 
例題4.4.1 ダイクストラ法により、課題となっている距離マトリックスに基づき、都市1から都市5までの最短経路を求めよ。
   v 1    2    3    4    5   ←都市v
 k


 0


 1


 2


 3


 4
 

[2,3,4]  [1,3]  [1,2,4]  [1,3,5]   [4]{2,4,8}  {2,3}  {4,3,3}  {8,3,4}   {4}      ∞    ∞    ∞    ∞

(2,4,8)  x        4    8    ∞

      (x,3)  x    x        8    ∞

          (x,x,3)  x    x    x        ∞

               (x,x,4)  x    x    x    x    11
 

←vへの辺を持つ都市w←w−v間の距離 (辺のコスト)












 
 ただし、表中の [ ] は各列に対応する都市vへの辺を持つ都市wのリスト、{ } は距離(辺のコスト)のリスト、( ) は最短の都市から出る辺のコストであり、x は集合Sに属する都市を除くことを示している。なお、太字は各段階における最短の都市である。
 最短経路は 1, 3, 4, 5、最短経路長は11である。
 
○集合操作
 ダイクストラ法では、集合を利用するため集合操作用のアクセス関数を定義する。
●データ構造
 ここでは、要素が整数であるとし、その要素が集合に属すかどうかを1/0で表現する。
●アクセス関数
 a.集合の生成
  S=MAKE(N):大きさ N の集合を生成する
 b.要素を集合に入れる
  SET(X, S):集合 S に要素 X を入れる
 c.メンバの判定
 int MEMBER(X, S):要素 X が集合 S に属するかどうかを判定し、属す場合は1、属さない場合は0を返す
○コーディング
●集合用アクセス関数
【MAKE関数】
【SET関数】
【MEMBER関数】
●アクセス関数
【SHORTEST 操作】
○時間量
 距離の計算回数を時間量とする。距離の計算は、SHORTEST操作では、
    SHORTEST(n)=「kの変化」*「1都市当たりの平均の道数」
            =n*(2m/n)=2m
 都市数がnの時、1都市当たりの最大道数は n-1 であることを考慮すると、
            ≦n(n−1)
 FIND操作について考えれば、全都市に対して道があるかどうかを判定するので、
    FIND(n)=「kの変化」*「都市数」=n
 ∴Tmax(n)=TSHORTEST(n, m)+TFIND(n)≦n(n−1)+n=2n−n
       =O(n)
 
問 4.4.1 ダイクストラ法において、距離の計算回数を出力する処理を追加せよ。
問 4.4.2 問 4.2.3 のように距離マトリックスを隣接リストで表現したコーディングを行え。
問 4.4.3 問 4.3.4 のグラフを都市ファイルに記述し、都市 a と都市 k 間の最短経路を求めよ。距離の計算回数は何回か。
問 4.4.4 距離マトリックスを隣接リストで表現した時の時間量を評価せよ。